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近藤親方の生い立ち
親方 近藤栄一

塗装職人歴 33年目
趣 味 料理(後片付けは除く)
得意料理は妻のお婆ちゃんが育てた白菜を使った鍋料理。
お客様に一言
「嘘は言いません」
本物の塗装職人の技術をお見せします。


生い立ち

私が幼少のころ、父親は設備会社を経営していました。
どちらかと言うと当時では裕福な生活をしていたと思います。
そんなある日、父のワンマン経営が原因で、会社が倒産し借金まみれとなりました。
家族は喧嘩の毎日で、母親にも甘えることができず、
小学生ながら日々つらい思をしました。
私は幼少のころ人前に出る事がにがてで、どちらかと言うと引っ込みじあんでした。
中学のころからは父親と世間に反発しながら高校も行かず、
人に迷惑ばかりかけてきました。
ある日私は漠然と社長になるしかないと思い、学歴がなくても経営者になれる職業は、と考えた結果職人だと思い、選んだのがたまたま塗装職人でした。

塗装工見習いから4年が経ち、気付いたころには手に技術を付ける事が楽しくなり、
当時食品会社の内装壁の塗装工事では,ホコリを出さない技術を取得し、名前も知られるようになり、
ただ経営者になるだけじゃなく皆様に技術を提供出来る会社を作り、父親のような経営者にはなりたくない、と思いを込めて独立をしましたが、
気がついた時には私も父親と一緒でワンマン経営者となっていました。
会社は下請体制で、いつのまにか塗装だけでは無く、建築関係まで手をだしていて大きい受注では新築マンショッンまで建てていました。
周りからは反論されていたのも事実です。
それでもワンマン経営者である私は、冷静に周りを見る事が出来ずに、若かったころと同じく妻や周りの人達に迷惑をかけていました。
正直そのころは自分でも何かが違うと思いながら悩んでいた時期でもありました。

そして今から数年前、テレビで『 俺が俺がの「我」を捨てて お陰お陰の「下(げ)」で生きる 』の言葉で身震いがしました。
『 自分一人で生きてるのでは無く、みんなに生かされているのだと』気付き、私は初心にもどり皆様に技術を提供出来る会社、直接頂ける『ありがとう!』の声の為にと、夢と希望をもち下請け体制から元請け体制に変えました。
しかし、思うように住宅塗装がとれず苦しい日々が続き
周りから元請けは無理!と馬鹿にされ、辞めていく従業員もいました。
私一人だけになった時しょせん私の力不足と断念し廃業まで考えました。
『私は人生三分の二を人に迷惑ばかりかけてきました。せめて残りの三分の一を人の為に何かしたい、自分が苦しいからと言って断念したら、私を信じて応援してくれた皆様や仲間に申し訳がない』との思いでここまで来ました。
随分と時間はかかりましたが、今では地域一番店の住宅塗装を手掛ける専門店になりました。
たくさんの皆様に出会い、喜びの涙や、感動、感謝、ありがとうの言葉を頂き、人と直接ふれあえる事に、本当に感謝し、私が仕事をさせて頂き、塗り替えを通じて本物の塗装技術をご提供出来るのも皆様のお陰です。
私が生かされてる間は、死ぬまで皆様の為に生きて行く決意です。
そして今、人と人の心がふれあい、一緒に楽しめるワクワク感を提供できる塗り替え工事を目指しています。
『私も45歳となり父親と言う人物像があったお陰で頑張れたのだと、今は生んで育てくれた亡き父親に感謝してます!』
そして今もなお、不誠実な塗装業者やリフォーム業者が多く、後悔や心を踏みにじられる人が後を絶たないのも事実です。
いつか本来の日本人としての心をもつ人達で溢れる時代が来る事を心から願っております。
私達は毎日、この町のどこかで一生懸命塗り替えをしていますので、塗り替えをお考えの際には、是非一度お尋ね下さい。
思い出のあるお母さん、お父さんの大切な痛んだお家は、私達の手塗りで新築みたいに、必ず元通りにしてみせますよ。
代表親方 近藤栄一


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